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★まさか2022年にもなり、船木誠勝がプロレス界における時の人となるとは、彼の経緯を古くから知る人々にとっては予想だに出来なかったに違いない。


しかし船木誠勝の歴史とは、我々プロレスファンを驚かすサプライズの歴史だったと言ってもいい。

船木誠勝程、我々の考えの範疇をいとも簡単に越えては裏切り続けた男もそうはいないのだ。




新日本プロレス→新生UWF→藤原組→パンクラス

引退

MMAファイターとして復帰→全日本プロレス→レッスル1→フリー




安住の地を己の意志で捨て続けてきた流浪の男。

まさに彼にとっての常識は、我々にとっては非常識なのである。







武藤敬司と共に、新日本プロレスの未来を担う“21世紀の超星”と称された船木誠勝は、トップランカーの地位を約束された新日本を“ハタチの決断”を以て棄て去った。

UWFでは、高田延彦を相手に“疑惑の9カウント”を生じさせる、プロレスの枠を踏み出さんばかりの問題作を繰り広げた。



そしてプロレス、格闘技の歴史に永遠に刻まれた“秒殺”の衝撃。

UFCに僅か先駆け、PANCRASEはリアルファイトを“プロレス”の看板の元にブチかます世界初の総合格闘技団体であった。

“ハイブリッドボディ”宜しく、プロレスからありとあらゆる贅肉を削ぎ落とし、徹底的に勝敗へフォーカスするその闘いは、日本におけるプロレスと格闘技の潮流を完全に一変させてしまったのだ。



更に忘れもしない、ヒクソン・グレイシー戦後に放った突然の引退宣言。

後日会見で、ではなく、会場で唐突に“今までありがとうございました!!”と涙声で咆哮する前代未聞の引退表明だった。 



その後、総合格闘家として復帰はある程度納得の範囲内ではあったが、最大のサプライズは武藤敬司デビュー20周年における〈純プロレス〉への復帰であった。

筆者は、この船木誠勝プロレス復帰戦を現地観戦した幸運を持っている。

船木がロックアップ!船木がロープワーク!

船木が鈴木と対峙する!しかも船木がトペ・スイシーダ!

両国国技館に集った超満員のプロレスファン共は、パンクラシストとして歴史に名を刻んだ船木誠勝の“プロレス技”に新鮮な感嘆を抱き、船木誠勝が母なる川…プロレスに帰還した事実を大いに祝ったのである。





船木誠勝は、意図的に画策したサプライズを持たなかった。

常に急進的で求道的で、波紋の余波を全く恐れない
天性のナチュラリストではなかったか。

彼が業界を驚かせてきた歴史は、入念に描かれたプロレス的に意図されたサプライズとは意を異にする、危うい突発性があったのだ。








ヤングライオンの遺伝子を持つ流浪の格闘家・船木誠勝は、近年遂に安住の場を得た印象があった。

大阪に移住し、フリーとして各団体のオファーを受けながら日頃の業務と子育てに励む船木誠勝からは、かつての様なレジスタンスの香りが消えていた。

人生の、プロレスの酸いも甘いも経験し尽くした故、船木誠勝の面持ちはかつてには見られなかった温和なものへと変わっていた。

急進的な闘いを常に希求してきた積年の時を経て「人生を、そしてプロレスを楽しむ」という新たなフェーズを獲得した様に思えたのである。










新日本プロレス入門から38年、PANCRASE設立から29年、引退から22年。

プロレス復帰から13年。







思考行動そのものがサプライズとなってきた。

マット界の常識を破壊し続け、マット界に新たな潮流を生み出してきた。

流浪の格闘技者が令和4年、2022年に行き着いた漂着場所は、また我々プロレスファンに途方も無い驚きを与えた。

しかし同時に『ああ、船木さんらしいな』という思いが去来するのも、また事実なのである。





15歳で新日本に入門するのも、UWFで高田延彦を叩きのめしてしまうのも、プロレスからプロレス的要素を削り落としPANCRASEを設立するのも、興行中に突然引退してしまうのも

そして40年近いキャリアを誇る間もなく53歳の現在、メジャー団体のタイトルホルダーとなり、まさかの金剛加入を承諾してしまうのも



その通り、船木誠勝の常識は我々の非常識なのだ。

船木誠勝の行動は、それ即ちナチュラル・サプライズの極みなのだ。

我々凡人とは思考回路そのものが別物なのだ。

だからこそ安定に幸を求めず、喪失を恐れずに、誰よりも流浪の色気を放つ事が出来るのだ。






日本拳法王者、全国空手選手権者に並び、日本総合格闘技のパイオニアが現行チャンピオンとして猛威を振るう。

強さのリアリティー、プロレスにおける強さの幻想を演出するに申し分ない面子が揃った。

筆者は再び、船木誠勝の歴史証人となるべく現地へ赴かねばならない。



サプライズと共に生きてきた流浪の拳士は、今を以てしても我々の常識を覆す存在価値を放っているのである。



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