※本日のコラムは、とあるプロレスファンの友人とのやり取りを記事にしたものです。
本人の了承を得、掲載しています。
★ 「ぶっ殺してやりたい」
先日の深夜、プロレスファンの友人が俺との会話中に唐突に放った一言であった。
俺とは違い女子プロレスも随時観戦している彼は、深夜かつ深酒している事も相まって、その様子が普段とはまるで違っていた。
まるで何かに取り憑かれたかの様に、その言葉は憎しみと悲しみが混在しては矢継ぎ早に放たれる。
“晒しきってやる”
“奴等の素性を暴いて追い詰めてやる”
“思い知らせてやりたい”
“奴等を殺してやりたい、死んで詫びろ”
普段の物腰柔らかな彼とは全く別人の様相だった。
俺は暫くただ聞き入り、彼の怒りと悲しみに耳を傾けては自分自身の心が、あらぬ闇に包まれてゆく様に感じていた。
憎しみに憎しみで応対しても何も生まれはしない
罵詈雑言に罵詈雑言を重ねても先にあるのは虚しさだけだ
理性理屈ではそう理解していても、心身が平常ならばそう腑に落とせても
だがひとたび、身近な人間の誰かが、何者かに傷付けられ命を落としたなら
俺はそんな綺麗事を唱えていられるか?
人は人の親になると、命の優先順位が様変わりする。
人は人の親になる事で初めて“無償の愛情”の本質を知る。
俺は友人が怒りと憎しみと悲しみに支配された状態で放つ言葉の数々を耳にする最中
“俺の子供達が誰かに傷付けられたとして、正論や綺麗事で己を律する事が出来るだろうか”
と問うていた。
間違いなく俺は、子供達を追い詰めた連中に復讐する事を考えるだろう。
警察に逮捕される前に、俺の手で殺してやりたいと考えるだろう。
そしてそれを実行に移す可能性は極めて高い。
ここに倫理観や綺麗事が介入する余地はない。
友人の数多の発言を聞いていて、更に上記の心理想像から、俺の心中が何かドス黒い濃霧に包まれる様に暗澹としていった。
憎悪は人の心を闇に陥れ、果てには人の心を非情な迄に殺めてしまう。
聖人君子でもない限り、大切な誰かを無残に傷付けられた悲しみと憎悪を肯定変換する事は不可能だ。
俺は自分自身の心が、ドス黒い憎悪の濃霧に包まれてゆく様だった。
知らぬ間に、友人の心痛と同化している俺がいた。
心を殺められた当人や、その家族の痛みや悲しみに思いを馳せた。
自分の身内に悲劇を置き換え、怒りと憎しみの波がゆっくりと心を支配してゆくのを感じていた。
…一時間以上は、友人はその心情を吐露したろうか。
時計は深夜2時を回っている。
この度の悲劇に加え仕事の疲れやコロナストレスもあるのだろう、友人が疲弊している事は明らかだった。
重く暗く沈んだ時間が過ぎて。
俺はこんな心境のまま、また明日を迎えたくはなかった。
暗澹を染み込ませたまま、床につきたくはなかった。
【棚橋の20周年記念作品が出るよ】
そう、もうすぐ棚橋弘至のデビュー20周年記念DVDが発売される。
俺は何故かこのタイミングでそれを思い出し、そこから延々と棚橋弘至の話ばかりをしていた。
何故かはよく分からない。
でも自然と、こんな重苦しい機会に棚橋を思い浮かべ棚橋の事を口にしていた。
まるで友人に、いやむしろ自分自身に言い聞かせる様に、俺はそこからずっと棚橋の話ばかりした。
辛い時キツイ時痛い時苦しい時に、いつもそうする様に俺は棚橋の事ばかりを思い浮かべていた。
あれ程ドス黒い怒りと憎悪に燃えていた友人が、この夜はじめて声を弾ませ笑い出した。
棚橋の試合、棚橋の思い出、棚橋を観てきた自分の歴史を語り出した。
「えっ!?柴田さんが出演するの?
タナと一緒に柴田さんが、タナの歴史を語り合う作品なの?
うわー!スゴイ!観たい観たい!
絶対に買わなきゃ!!」
…これからずっと応援していこうと決めた選手が、あんな惨い悲劇によって、永遠に会えない星となってしまった。
あまりにも唐突で悲劇的で、許せない気持ちから来る憎悪と失いの悲しみがきっと彼だけでなく、皆を襲ってきただろう。
冷静で倫理的にいろ、という方が野暮な程だ。
本当に無意識に棚橋の話題を俺は持ち出した。
俺はネガティブな状況であればある程、いつもいつも棚橋を思い出す。
棚橋の歴史と苦闘は、棚橋の明るさは俺をいつだって奮い立たせてくれてきた。
棚橋弘至の超ファンである彼だって、きっとそうだった筈だ。
怒りに支配されても
憎しみに苛まれても
悲しみに打たれても
今ここに生きている人間は、また明日を生きていかねばならない。
憎悪の濃霧を抜け出して、命を全うしなければならない。
時に誰かを傷付けた事を後悔して
今は傷付けられた人を心から悼み
少しずつでも明るい方角を目指していかなければならない。
だって俺達は生きているのだから。
生きているのなら、幸せを目指さなければいけない。
いつまでも憎悪の濃霧に彷徨っていてはいけない。
深夜3時過ぎ。
互いに語り明かし精魂尽き果てそうな、最後に。
「汚い言葉ばっかり並べてすまなかった。
もう怒りに支配されまくって、とても冷静じゃいられなかったから。
でもそうだよね、何があっても生きていかなくちゃ。
タナの話を振ってくれて何か助かったよ。
随分気持ちが明るくなった、ありがとう。」
重暗い憑き物が消え去った様に、いつもの明るく穏やかな友人に戻っていた。
俺の心も、すっかり濃霧が晴れた様だった。
太陽の様に明るい棚橋の話題のお陰で、激しい憎悪に取り憑かれた一人の友人がすっかり温和な笑顔になった。
良かった、本当に。
楽しみだね、棚橋弘至20周年記念作品!
主演∶棚橋弘至
共演∶柴田勝頼
だぜ!!
洗いざらい話してくれてありがとう、辛い時はお互い様だぜ。
“いつも心に太陽を”!!
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